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青葉心理クリニック

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心の構造から 吉本隆明「言語にとって美とはなにか」を読む その2
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    心の構造から 吉本隆明 「言語にとって美とはなにか」を読む その2

     

    順序が逆ではあるが、今回のシリーズの狙いをここでお話ししたい。
    吉本隆明が共同幻想論の序で述べている事であるが、「言語にとって美とはなにか」(以下、言語美と約す)で言語の表現としての芸術という視点から文学とはなにかについて体系的な考えを推し進めていく過程で、その試みには空洞があるのをいつも感じていたという。

    『ひとつは 表現された言語のこちらがわで表現した主体は一体どんな心的な構造を持っているのかという問題である。もうひとつは、いずれにせよ、言語を表現するものは、そのつどひとりの個体であるが、このひとりの個体という位相は、人間がこの世界でとりうる態度のうちどう位置づけられるべきだろうか、人間はひとりの個体という以外にどんな態度を取りうるものか、そしてひとりの個体という態度は、それ以外の態度とのあいだにどんな関係を持つのか、といった問題である。』

     

    この問題の前者こそ心的現象論(序説・本論)を彼に書かせたのであり、この問いは精神分析の問いでもある。前回述べたように、ここでも「問題は、はじめから、現実と現実意識と表現の基本的な関係の中にあったのである。」。「言語美」では表現の構造、作用を明らかにし、「共同幻想論」では現実意識(現実世界の疎外態として成立する想像世界)のそれらを明らかにし、最後に「心的現象論(序説・本論)」で表現した主体の心的な構造、働きを明らかにしているのである。

     

    もちろん吉本本人は、これらの三部作で自立した文学理論を自前で構築することを目的としていたのではあるが、今回のシリーズの狙いは、換骨奪胎のそしりは免れないと承知しながら、現実、現実意識、表現の基本関係、そして表現する主体の心的構造、働きを知ることで、心理学ではなく、臨床に使える「心的構造論」を目指すことにある。

     

     

     

     

     

     

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