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青葉心理クリニック

<< 母子癒着 その5 | main |
新年雑感
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    例年より正月休みが少し長いので、盛岡周辺の山に連日行こうと思っていたが、休みの前半にアキレス腱の部分断裂をしてしまい、思わずその後の休みは故郷での静養の日々となった。急にする事がなくなり、しかも思うように歩けないので、相対的にエネルギーの余剰が生じ、そのエネルギーが内省を生じさせているので、心の赴くままにそれをただ傍観者のように見ていた。多少論理の飛躍や断裂があるのは勘弁いただいて、そのまま書かせていただく。

    まだ普通の医者として仕事をしていた頃、痴呆が始まり出した方のご家族によく申し上げていた事を思い出した。子育ては朝日を見ているようなものなのに対して、老人介護は夕日を見ているようなものと言っていた。それを思い出した時に、改めて、では頂点はどこなのであろうか?と考えた。出た結論が、頂点はその後には下降しかないのだから、頂点は中年と言われる年代なのであろう。そうするとそこまでの生き方と、その後の生き方を変えなくてはいけないし、事実今思うと、変えざるを得なかったのだと実感する。それまでの視線は上向きで、仕事を持つ、家庭を持つ、家を持つ、財産を作る、地位を得る等々今となっては懐かしい血湧き肉躍る日々である。中年というのはそれらが得られたあるいは得られる事が確実になる時期である。血湧き肉躍る時期は過ぎているが、わかっていながらその残影を追い求める時期でもある。そうやって生きている日々は、多少うまくいかない事があっても、生きる事それ自体は悩みではなかった。忙しいと言いながらその中に逃避し、自分の内面とは直面する事を忘れていた日々であった。しかし、ほんのちょっとした事が、その時期を今まで通りに通り過ぎようとする自分の足を止めた。はじめはその訪れは、内面ではなく、外的な出来事であった。しかし、当時は漠然と、いまは明確にかんじるのだがそれは無意識の警鐘であった。それまでの人生は、地位や財産を獲得するために、自分の属する社会から求められる役割を演じていたのだが、自分では自分の可能性の実現をしているように感じていた。しかし、可能性は無限でも、一個人としての人生は極めて限定されている。ユングの言葉を借りると、われわれは生まれた時から選択を重ね、その選択のたびに選ばれなかった方は捨てられたと思っているが、その選ればれなかったものは無意識に存在し続けるのである。その生きられなかったものの声を聞けるようになるのが中年以降の時期なのだと思うのである。いわゆるカミングアウトをなぜするのかというと、社会に適合するために自分の無意識的欲望に反して選択したものを、改めて選び直す事で、可能性としては存在しながら実際には生きられなかったものを取り戻す事で楽になる、生き直す事ができるという事なのであろう。それと似た事ができるのが人生が下降に向かう中年期以降なのだろう。とにかくそれまでは忙しすぎて、内面の声など聞こえないのである。だから、内面はその時点では本人にとっては未知の世界であり、それを拒否して今まで通りに生きていこうとする中年以降の人達が大多数なのは仕方のない事なのかもしれない。しかし、人間は有限なものであり、本当の意味での自己実現を目指して生きる事がなければ、有限性、非連続性の証としての個人の死に対処できるのであろうか?すでに人生の前半で目標としたものが手に入っているのに、その後も同じ目標で生きようとする事が、いわゆるニヒリズムの主因なのではないのか?三島由紀夫がニヒリズムについて「われわれが今ニヒリズムと呼んでいるものは、バタイユのいわゆる「生の非連続性」の明確な意識である。そして主知主義的努力は、その非連続性に耐えよ、という以上のことは言えないのである。」といっている。いわゆる実存主義も主知主義に属するから、結局「耐えよ」という以上のことは言わないのである。だから自分で自分の人生が下降に転じたのを知り、そこで生き方のモデルチェンジをしていくことが必要だということに気づかねばならない。ではどうやって? うまく伝わるかどうか自信はないが、意識的には思わぬことをした後で、急に楽になる事を経験されたことはないであろうか?これが無意識的欲望が満たされた時に経験されることである。あるいは、それまで同じことを繰り返し繰り返し考えていたのが気づくと全く消失している、そういう経験でもある。誤解を恐れずにいうと、夢がなくなりながら、夢見ている時よりも楽になる、そういう経験である。この経験から初めて無意識的欲望がなんだったのかが事後的にわかるのである。もちろん、この一回の体験ですべてが完了するわけではないが、この経験も持ち、かつそれをはっきり意識すると、認識する事が変わって行くきっかけになるのだ。こういう経験をお持ちの方が、ここに書いたことをお読みになれば、感覚的にお分かりになると思う。この経験が中年期以降のいわゆるイニシエーションなのだと思う。
    この経験がない人はどうしたらいいのか? ここからは思弁的になるのだが、毎日の生活に意味を見出せなくなった時には、ユングの言う意味での退行、三島のいう「垂直のエロチシズム」に触れる事なのだと思う。未知の世界、可能性としては存在したが選択されなかった世界に触れる事だと思う。しかし、それは身の破滅にならないのか?ユングは創造的退行といったが、そういうものがあること、そしてそれが創造的であることは認めるが、退行をそんなに調子よくコントロールできるのであろうか? 病的退行と創造的退行を分けるものは何なのか? それは、その人が想像界の住人なのか、象徴界の住人なのかだと思う。無意識の世界は精神の世界より肉体の世界に近い。「垂直のエロチシズム」でわかるように肉体の世界での退行は身を滅ぼす。想像界の住人は身を滅ぼすのである。それは病的母子癒着の世界でもある。精神の世界、象徴界での退行が創造的退行と言われるものなのだと思う。それは再生の道であり、意識において行う東洋的な二分法からの象徴的な離脱なのだと思う。象徴的な自他分離の世界から、一時的に自他不分離の世界に戻り、その後に再び自他分離の世界に戻ることである。平たく言うと、自分が選択してきたものと、捨てられ無意識に蓄積したものとの折り合いをつけて行くことである。

     

    | 2.エッセイ | 06:23 | - | - | - | - |