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青葉心理クリニック

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母子癒着 その5
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    4. 終わりに

    最後に、若干の追加を述べたいと思う。ここまで母子癒着について述べてきたことを読まれた方で、なぜ、母ー子だけが取り上げられ父親が出てこないのかとか、母ー子と言っても全てが母親ー息子についてだけ述べられるのかについて疑問に思われた方もあるかもしれない。それは、猿にも近親相姦のタブーがあるらしいことがわかってきて、猿では父親というのは誰だかわからない、だから進化の時間軸では母親ー息子のタブーの関係が動物にまで遡る起源を持つ発生学的に一番古い歴史を持っていて、父ー娘、兄ー妹というタブーの関係とは次元が違うからである。この辺もフロイトがエディプス・コンプレックスをとりあげたのは正しい選択であったといえよう。タブーがあるという事は、無意識にはそれを侵犯したいという欲望、つまり近親相姦の願望が無意識内に存在するという事である。

    河合隼雄は、「中空構造日本の深層」の中で、「近親相姦に対する自然のタブーから解放されることによってまず人間の文化が始まったのではないかということである。もちろん、その後、人間は自ら解放した攻撃性や性欲を、いかに意識的に抑制するかに膨大なエネルギーを使用しなくてはならなくなったわけであるが、動物が生来的にそなえている抑制力を解放し、次にそれをコントロールするという、いわば二重否定のような構造が人間の文化の基本に存在していると思われるのである。」と述べている。そして、「攻撃や近親相姦が動物的なものではなく、むしろ極めて人間的であり、人間の特徴は、それを一面的に肯定するのではなく、その肯定と否定の間の統合の道筋に、その文化を築いてきたという事である」とも述べている。
    ここでいう統合とは、弁証法的に展開するという事であり、その為には、テーゼおよびそれに対するアンチテーゼが対象として認識される事(自分と距離を持って認識される事で、それは対象が象徴化されていることが必要になる。)が必要である。無意識的欲望は対象化されていないので、無意識の近親相姦の願望は、意識され、象徴化されて初めて、意識的な近親相姦のタブーとの間で弁証法的な展開をして、止揚aufheben されるのである。近親相姦の無意識的願望をアンチテーゼ化するためにはそれを意識しなくてはならない。なぜそんなことをしなければいけないのか? それについて河合隼雄は「人間が神々に挑戦しようとするとき、それは近親相姦タブーの意識的な破壊でなければならない。強い意識の力をもって、我々は母との合一を体験しつつ(母との合一は、原初の状態への回帰を意味する。原初への回帰は、おのれの存在を、より根源的なものへと合一せしめることを意味し、それは自我の放棄を要請する。)、なおその中から再生しうるとき、それは限りない創造的な過程となるであろう。ここに近親相姦の象徴的次元における創造の秘密が存在している。」と述べている。つまり、無意識の近親相姦の願望を昇華させることで、凄まじい創造のエネルギーが得られるというわけである。
    こういう考え方がどこから出てくるのかであるが、ユングは退行とは心的エネルギーが自我から無意識の方に流れる現象だと言ったが、自我が無意識と触れることで、病的なもの(非現実的な空想を含む)を得ることもあるが、それが未来への発展の可能性や、新しい生命の萌芽であることもある。後者を創造的退行と名ずけ、それを可能にする新しい要素を生じさせることが母子癒着の解消には必要となる。母子癒着の男が母親との結びつきを断ち切る為には、一人の新しい女性、母親とは異なる魅力を備えた女性に出会わなければならない。このことを河合隼雄は「ある程度の自立をした自我は無意識界に再び分入って、そこに母親像とは異なる女性像を見いだし、それとの関係を確立しなくてはならない」という。前回、「わが母」に登場するアンシーがその可能性を持った女性ではないかと書いたが、これで理解していただけるだろうか。

    | 1.サイコセラピー | 13:47 | - | - | - | - |