RECOMMEND
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

12
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

青葉心理クリニック

<< 心のモデルと気持ちの理解 3 | main |
脳科学の課題
0

    脳科学の課題

     

    将来の精神医学が、脳科学を控え目に言っても重要な構成要素とするであろう事は疑いはない。その上で、脳科学の克服すべき課題として感じられるものについて、主に強迫性障害(以下、OCD と約す)を例にして述べていきたい。というのは、以前にもこのブログで述べた事であるが、OCDに関する限り、フロイトを含めた精神分析理論は自分には本当には納得できないので、確か、1996年頃に、Brain Lock という本を読んでからは、クライエントに説明する時には心理学、精神分析学的な説明ではなく、脳科学的な説明しか行ってこなかったので、その後にも新たなOCDの知見が加わる毎にメモにしてきた物が結構溜まって来たからである。

     

    脳科学的な見地から大雑把にいうと、「OCDは脳の回路の障害である。脳の回路がショートして、間違った信号が送られているのである。」といえる。これだけでは患者さんには何のことだかわからないといわれるし、実際、こう伝えたときに、「では、脳のブレーカーを入れなおして!」と言われたことさえある。ここで言う「脳の回路」を理解していただく為には、すくなくとも、 1996年当時でも、線条体(尾状核+被殻)、眼窩皮質、帯状回、視床という脳の場所の理解が必要であったし、現在はそれにさらに前頭前野、扁桃体というのも加わる。神経解剖の本でもこれらをちゃんと説明するとその本の一章に相当するページ数が必要になるので、ここでは簡略化しすぎる事になるが、まず、それぞれの場所の働きを説明して、その後でいくつかの脳科学の本の記載を列記したい。

     

    まったく脳科学に縁のない方には、脳の回路を地下鉄の路線図のようなものとしてイメージして頂き、上記のそれぞれの場所は「駅名」とし、駅と駅を結ぶ線路があり、通常は電車は一時間に一本しか、しかもゆっくりしかこないのに、OCDでは物凄いスピードで電車が何台も走りまわっているのがOCDだと思ってください。

     

    では、その場所、駅の説明からします。

     

    線条体と言うのは、尾状核と被殻からできているのですが、これらは胎児の時に同じところから出来てくるのでまとめて線条体という言い方をしますが、OCDで問題になるのは尾状核です。尾状核は、ある思考から別の思考へと移るためのギアチェンジをする働きをします。ここの故障がOCDの原因らしいのです。それで、ある思考が次の思考に移らない、関心が変わらないと言う事になります。また、ある思考が入って来ないようなフィルターの役目もあると言われます。

     

    眼窩皮質は回路に異常がないかを検知するはたらきがあります。さらに、ここで感情と思考が結びつけられるといわれています。 帯状回は内臓をコントロールする中枢と結びついていて、強迫行為をしないと恐ろしい事が起こるぞとOCDの人を脅かすのです。 視床は体全体からの感覚情報の中継場です。 扁桃体と言うのは、怒りや恐怖、そして不安の中枢と言われます。

     

    前頭前野と言うのは、理性の中枢、人間が人間たる所以の場所ですが、扁桃体を抑制する働きがあります。

     

    これだけを頭に入れて、以下の脳科学の最近までの記載メモを読んでください。

     

    OCDで起きていることは特定の神経経路が活動しすぎていると考えられている。それは現時点では、前運動野を含む前頭葉と尾状核の間を結ぶ経路がその一つだと考えられている。尾状核が結ばれている前頭葉は認知のもっとも高度な形、つまり、考えたり、評価したり、予定を立てたりするところである。正常な場合、尾状核は自動思考のある面を監視する。汚れたときに手を洗うように自動的に駆り立てたり、家を離れる前に鍵がかかっているかをチェックさせたり、調子の悪いことに注意をさせ、焦点を当てさせたりする脳の一部分である。尾状核はこれを全部前頭葉の特定な領域、つまり眼窩皮質のある場所を活性化させることで行っている。ここは何か予想されないことが起こったときに活動をする。エラーを感知する装置が組み込まれているのだ。この領域がOCDで特に活発である。手洗いの脅迫がある人は汚いところにいることを想像しただけで、尾状核と前頭葉は気が狂ったように打ち合いを始める。脳の真ん中の領域、つまり帯状回も強く反応するが、この部分は意識的な感情を心に残すが、ここが巻き込まれるとOCDでの感情的な不快が生じる。このような脳の反応パターンは正常な人では家族が中にいるのに家が火事になっているのを見ているというような大惨事について考えさせるようなことをさせなければ認められることはない。これらのイメージが被験者の心の中で巧みに処理された後で、研究者はリラックスして、嫌なことを忘れなさいというが、OCDのある人は尾状核と眼窩皮質は活動中のままである。

     

    前頭前野と扁桃体との相互作用のシステムは、現在の経験を意識的に評価することによって、感情をコントロールしたり、方向ずけをしたりするのを助けている。OCDの好ましくない想念や衝動がそれ自体には意味がなく、単なる病気の症状に過ぎないということがわかれば、前頭前野が強く活性化し、それとともに扁桃体の反応が抑制される。何がOCD の症状で、何が本物の不安か心配かが見分けられるようになる。自分の意志と脅迫衝動の間に距離を置くこと、盲目的に脅迫衝動に従うのではなく、少なくとも自分に選択肢を与えることができるようになる。

     

    OCDでは、尾状核に問題があって、手を洗うとか、鍵を確認するとかという進化論的には古いとされる大脳皮質の回路の信号が入り口の制御を突破して尾状核のなかに乱入してしまうらしい。これはフィルターの故障。さらに、一度入ってしまった思考が出て行かない、関心が移らないと言う現象がおきる。そうなると異常感知機関である眼窩皮質は、アラームの信号を出し続ける、そうなると、「何か間違った事が起きている」アラームが鳴り響いているわけだから、当然不安が出て来る、 帯状回が何かしないと大変な事になると言う警告を出す。さらに不安が起きてくる、そこでは扁桃核が活性化されている。しかたないので強迫行為をすると、さらにそれがこの回路を活性化することになる。これらの場所、駅が線路で結ばれてその駅の間で結合が起きて、閉鎖回路ができてしまう。もう、どうにも止まらない。これが、ここでの意味で Brain lock である。OCDの完成である。

     

    このロックを外すのが15分ルールと呼ばれるUCLAで開発された行動療法である。 まとめると、尾状核の故障でOCDがおこり、それがブレインロックで悪化、永続化して行くのだが、では、なぜ行動療法で良くなる可能性があるのか?具体的にどうすればいいのか? 1996年の Brain Lock ではそれが行動療法で、尾状核で行動療法、つまりは15分ルールで、強制的に関心を移し、錆び付いたギアを無理やりチェンジさせると良くなる、そこにSSRI を加えると、成功率が高くなる、ただしここでのSSRIは泳げない人の浮輪みたいなものです、助けにはなるがそれで治るのでは無い、あくまでも治るには行動療法だという事であった。SSRIはセロトニンに作用するが、セロトニンはOCDには主役ではないということで、主役はどうもグルタミン酸ではないかといわれている。

     

    この15分ルールは、私も自分の所で実践して来たが、その有効性は否定しない。しかし、大事なのはむしろこの療法の認知療法としての面だと感じるようになった。それは脳科学的にいうと前頭前野の働き、ヘーゲル的にいうと理性、 Brain Lock の中では「公平な観察者」と呼ばれる(経済学者のアダムスミスの「道徳感情論」からの借用)形而上学的な概念、そういうものが存在するようになるかどうかがOCDが良くなるかどうかの全てでは無いかと個人的には思っている。ここでの文脈からは外れるので、この話はいずれ別に書くつもりだが、以上に述べた脳科学で、精神分析でも特に難解なOCDの理論より、はるかに理解可能だと思う。

     

    それでは脳科学だけでいいことにならないか?課題なんてないのでは?

     

    そこで、先程の公平な観察者である。それが脳科学では何なのか、私に言わせれば、OCDの治療に一番大事なものが、それであり、また脳科学的な行動療法でも一番ではないが、かなり重要とされているのだから、それを脳科学で説明できなくては、情けないような気分になるのである。情緒的な面だけではなく、本当に治療に大事なことを脳科学的に説明できなければ、脳科学的な治療など生まれないと思うのである。

     

    マインドフルネスにも同じことを感じる面がある。脳の無駄なエネルギー消費を抑え、余ったエネルギーでメンタルを改善するのはなるほどであるが、治療法は従来禅の修行でやっていたことなのではないか、経頭蓋磁気治療は脳科学的だが、それ以外は従来もあった方法ではないのかと思う。

     

    もう一つ思うのは、同じOCDでも、なぜある人は手を洗い、なぜある人は鍵を確認するのか、そして、なぜある人は自分が汚いと思い、ある人は触るものが汚いと思うのか、その説明が今のところ脳科学ではできないことである。その辺は精神分析に一日の長がある。

     

    なぜ、その時その場所でヒステリーではなく、OCDになったのか、それもまだ脳科学では答えがない。

     

    当たり前のことだが、個人を相手にするのが治療なのだから、一番個別なことが説明でき、それで脳科学的な治療ができることが、脳科学の今後の課題なのではないか?

    | 1.サイコセラピー | 16:50 | - | - | - | - |