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青葉心理クリニック

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新しい臨床心理学のために 31
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    新しい臨床心理学のために 31 

    The Division of the Subject and the Advent of the Unconscious through the Signifying Order  (シニフィアンの体制による主体の分割と無意識の出現) 

    父の名の隠喩は、いくつかの理由で心的発達の過程の基礎となる。子供が象徴的秩序(と母国語の実践)へアクセスする事によって主体として出現する事を許すだけではなく、主体内に不可逆的な心的分裂(Spaltung)をもたらす。父の名の隠喩のメカニズムは主としてシニフィアンの効果、即ちシニフィアンの代入にその基礎をおく。厳密に言えば、シニフィアンの体制こそが主体に分裂された構造を確立する。別の言い方をすると、「主体はまさにランガージュの体制によって分裂される。」のである。
    父の名の隠喩はまた原抑圧に基礎をおいている、即ち無意識の出現に根拠を持つから、無意識それ自体は同様にシニフィアンの体制に従わなければならない。このメタ心理学的な構成が、疑いもなく最も大切な論拠として「無意識はランガージュのように構造化されている」というテーゼを好ましいものにしているが、その構成原理やその意味を詳細にわたって検討される必要がある。

     Spaltungという概念それ自体がいくつかの予防的な、予備的、用語的な注意を必要とする。Laplanche & Pontalisが指摘した様に心的分裂と言う概念は19世紀の終わりには精神病理学のいくつかの研究において、特に催眠とヒステリーの研究においてそれとなくではあるが、既に形成されていた。我々が理解しなくてはならない主体の心的分裂と言う意味において2つの例を述べなくてはいけない。一つは、Double consciousness (二重意識)や psychic dissociation (心的乖離)というフロイトとブロイアーがヒステリー研究で述べているものである。心的分裂の概念はJanetによっても詳しく述べられたが、とりわけブロイアーとフロイトによる。後にそれが違った名前で、即ち Splitting of consciousness,  Splitting of the content of consciousness,  Psychic splitting で表現される様になる。これらの用語はフロイトの無意識の概念の本質的な内容となる。1893年の初めにフロイトはヒステリーにおいて、意識的な主体は自己の表象の一部から切り離される事を明確に確立した。従って無意識は自律性のある領域として現れ、意識の領域から抑圧の効果によって分離される。この意味で我々は既に心的分裂が主体の分裂である事を考える事が出来る。 フロイトの仕事で、心的分裂はまたIchspaltung や splitting of the ego の術語に一致する表現である。フロイトは徐々に固有の心的分裂を splittinig of the ego から区別して述べる様になる。Laplanche と Pontalisが指摘する様にsplitting of the ego は本来システム内のsplittingであり、(自我という)審級内部の内的分裂である。他方、ヒステリー研究でフロイトとブロイアーが記述した心的分裂は最初からシステム間(intersystem)の分裂である。これを第二局所論から手短に参照すると、ego と id の間の分裂という事になる。 この様にフロイトにとってSpaltungの概念は多義的である。この事は我々に心的装置は審級にわかれ、さらにまた心的審級はその中で分割される事を示している。結局、一般的なレベルでは、主体の心的内容の一部は抑圧の作用により主体から切り離される事を示している。 

    最後間で残った、あらかじめ指摘しておくべきもう一つのSpaltungの意味はブロイラーの仕事と共に精神医学に入ってきた。ブロイラーの分裂Spaltungは決してフロイトの分裂Spaltungと混同できない。ブロイラーにとってはこの術語は分裂病の主たる臨床因子を言及する大変特殊な意味を持っている。そういうものとしてSpaltungは症候学的考察の一部に属し、心的機能の構成原理であり、精神分析のメタ心理学的視点とはきわめて異質である。ブロイラーの分裂はdissociation 乖離として今や知られ、現代精神医学では分裂病症候群にもっぱら使われている。

     ラカンにとっては、Spaltungは明白に最も基礎的な特徴で、主体性を定める。というのは、Spaltungによって主体は生じ、そうする事であの心的構造が獲得されるのである。従って、システム内の分裂でもないし、システム間のものでもない。ラカンにとってSpaltungは心的装置を複数のシステムからなるシステムとして存在させる様にするものとしてある。この意味で、Spaltungは象徴と言う第三の規範に主体自身を服従させる最初の分裂と考えられる。より正確に言うと、主体に対して現実界と想像界を結びつけることによって、現実界と主体との関係を仲介する事になる規範である。この結合は父の名の隠喩が確立する間に起る。この過程の最後に、ランガージュの象徴(父の名のシニフィアン、S2)は隠喩的に原初の欲望の対象で無意識となったもの(母の欲望のシニフィアン、ファルスのシニフィアン、S1)を示す様になる。この様に子供がそれと知らずに自身の欲望の対象を父の名のシニフィアンによって名指し続けると、ただ一つの結論へと到達する事が出来る。子供は自身が述べている事の中で何をしゃべっているかを決して知らないと言う事になる。従って我々は話す時に我々が言っていると我々が信じている事とは全く異なった何かを言っていると言う主体の行為としてランガージュは現れる。この「全く異なった何か」話す主体は構造的に無意識と隔てられているから、話す主体を逃れた無意識としてインストールされる。シニフィアンの体制によって起る主体の分裂の効力によってランガージュは無意識が存在する原因となり、無意識を選ばれた位置に維持する事で無意識の必要条件となる。ラカンはこの点を強調している。 

    「ランガージュは無意識の必要条件である。・・・・・無意識はランガージュの論理的結果である。実際ランガージュなしに無意識はない。」

     ラカンによると主体が分裂されると言うためには、話す存在、つまり、the parletre 以外に主体は存在しないと仮定する事になる。それは主体が存在するようになるためには無意識が設立される事が基盤となるという事をも認める事になる。言葉を代えると、シニフィアンの秩序が無意識を設立する分裂の過程で主体を構造化する事によって、主体が存在する様にするのである。 

    ラカンの理論的研究のこれらの基本的テーゼは当時の精神分析の考え方を根本的にぶちこわした。この例は1960年にエイが組織した有名なボンヌベルの無意識についての討論会での議論である。この際には、Laplancheは無意識はランガージュの必要条件だというテーゼに賛意を示す事によって完全に反対の結論に達した。この事がラカンの立場に説明的な介入を招いた。 

    この主体の構造的分裂を通して、原抑圧は無意識の誕生に本質的な役割を演じる。原抑圧が母の欲望のシニフィアン(ファルス的シニフィアン)と選択的な関係がある事をこれまで見てきた。ファルス的シニフィアンと言う言い方はもちろん人にものを教えるための単純化である。多分実際に、ファルス的シニフィアンとして働くいくつかの異なったシニフィアンがるだろう。それらすべてが母の欲望の次元の何かを指し示す事が出来る。それらをprimordial signifers (根源的シニフィアン)と呼ぼう。それらは隠喩的代入に適しているシニフィアンであり、それらが無意識の核を形成する。 この根源的シニフィアンの原抑圧は、フロイトの抑圧の理論の文脈におかれなければならない。そこでフロイトは抑圧を3つの時期から成るメカニズムとして記載している。 

    ① 原抑圧
     ② 本来の抑圧 即ち事後的な抑圧
     ③ 無意識を形成する抑圧されたものの回帰 

    本来の意味での抑圧は原抑圧によってもたらされるが、強く備給された表象代表の核に関係する。言い換えると、根源的シニフィアンが母の欲望と結びついている事に関係すると言える。この備給の故に、元々の無意識の核は強い牽引力を持つ。だからフロイトは原抑圧を(原抑圧の維持、継続を)逆備給の過程として記載したのであり、逆備給は(原抑圧の持続性を保証する)原抑圧のエネルギーの永続的な消費を表し、さらにまた原抑圧の永続性を保証する。だから、逆備給は、原抑圧(を維持し、その再建と継続を図る様な)の唯一のメカニズムである。 そういう事情で、父の名のシニフィアンが強力な逆備給の対象なので、母の欲望のシニフィアンは抑圧されたまま、無意識にとどまる。この原抑圧された内容は従って、他の可能な内容(シニフィアン)に非常に強い牽引力を行使する事が出来る。さらに、ここに自我や超自我の様な上位の審級からの拒絶する力が加われば、いっそう、そう成る。

     二次的抑圧、つまり本来の抑圧はこの二重の過程を基盤とする。二次的抑圧は父の名の隠喩による主体の分裂を永続化させる。二次的抑圧はまた、無意識を多方面にわたって組織化されたシニフィアンの場所として、即ち、主体はもう決して主体の自由にならないランガージュと同じシニフィアンの構造として確立する。このため、ラカンは「無意識は大文字の他者のである。」という。(主体の中のディスクールは分裂のために、主体を逃がす。) 

    このシニフィアンの構造は無意識の場に降臨し、隠喩的に表現されうる。無意識のシニフィアンの連鎖が連続した隠喩的抑圧が起る事によって、進行性に構成される。この無意識のシニフィアンの連鎖自体は一次過程に従う。従って抑圧されたシニフィアンは隠喩 and/or 換喩的シニフィアンの代入によって主体として回帰するのを常とするかもしれない。例えば、「舌が滑る」(言い間違い)は意識的に話された連鎖の中に代入の方法で乱入する。シニフィアンの最小限の組み合わせさえあれば、シニフィアンの連鎖の二重性(無意識的シニフィアンの連鎖と意識的シニフィアンの連鎖)を打ち立てる事が出来、主体の再二重化を隠す事が出来る。無意識それ自体が自身をはっきり表現できるのはこの主体の二重化を通してである。
    | 臨床心理学 | 19:18 | - | - | - | - |