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青葉心理クリニック

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新しい臨床心理学のために 26
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    新しい臨床心理学のために 26 

     鏡像段階とエディプス (4)

     対象の欠如 

    ラカンによる『対象の欠如』という概念を振り返っておく事は私たちがエディプスコンプレックスの第二期の力動を理解するのを助けてくれるだろう。大人におけるのと同様に子供の場合も、この『対象の欠如』は3つの特定の様式で現れる。
    つまり、
     ① frustration ( 違約、拒絶、欲求不満 ) 
    ② privation ( 剥奪 ) 
    ③ castration ( 去勢 ) 
    である。
    これら3つのそれぞれの場合に『対象の欠如』があるが、それぞれの場合により『対象の欠如』の性質が質的に異なる。(欠如自体に種類があり、対象の違いによるのではないということ。)同じ事が対象のタイプについていえるのかは疑わしい。

     ① furastrationは、満足を得られる居合いかなる可能性もない事を除いては、すぐれて、要求あるいは請求の領域にある。実際、違約の場合、欠如は想像的な損害という形をとる。しかしながら、違約それ自体は全く現実的なものである。ペニスはその様な対象のプロトタイプである。そして、小さな女の子がそれをない事と経験するのはまさしくfurastrationである。もっと一般的には女の子は母にペニスが欠如している事をfurastrationとして経験する。 
    Furastrationを違約と訳した場合、違約は言葉と約束する他者がいなければ構成要件を欠くことになる。これが原因ではなく要因としての『象徴的母』である。また、自我の完全性を身体像の完全性のモデルに従って復元しようという、常にむなしい試みに伴うものであるが故に限度のない要求の領域である。

     ② privation においては、他方、欠如は現実である。ラカンはこのタイプの欠如を現実における穴として描いている。しかし、対象は象徴的な対象である。 実際にいない母親をいるかのように思うためには「象徴的に」決定しなくてはいけない。要因は『想像的父』である。 

    ③ castration においてはそれが関わる欠如は象徴的なものであり、それは近親相姦の禁忌に関係する一段とすぐれた象徴的参照だからである。これこそまさに父の機能が子供を象徴界の秩序に参入する事を可能とする。去勢によって示される欠如は象徴的負債である。しかし、去勢において欠如する対象は根本的に想像的なものであり、決して現実の対象ではない。この去勢される想像的な対象がファルスである。要因は『現実的父』である。

     特にこの3つの区別をあまり聞いた事がない、つまり去勢だけが有名だからなのだが、そういう方は読まれても頭が混乱するだけだと思うので、とりあえず、以下の英文を覚える事が後々の理解につながると思う。

     ① Frustration is the imaginary lack of a real object. 

    ② Privation is the real lack of a symbolic object. 

    ③ Castration is the symbolic lack of a imaginary object.
    | 臨床心理学 | 12:43 | - | - | - | - |